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高安病と潰瘍性大腸炎の病態形成機構の解明へ(共同プレスリリース)


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理化学研究所
静岡県立総合病院
静岡県立大学

高安病と潰瘍性大腸炎の病態形成機構の解明へ -潰瘍性大腸炎特異的自己抗体との関連解析-

概要

理化学研究所(理研)生命医科学研究センターゲノム解析応用研究チームの寺尾知可史チームリーダー(静岡県立総合病院臨床研究部免疫研究部長、静岡県立大学薬学部ゲノム病態解析講座特任教授)、石川優樹研究員らの共同研究グループは、潰瘍性大腸炎(UC)[1]の特異的自己抗体[1]である抗インテグリンαvβ6抗体[1]が、高安病(TAK)[1]患者においてもわずかに認められることから、本抗体による共通の病態形成機構への関与が疑われましたが、予想に反して高安病の遺伝的リスクや合併症と本抗体の存在に有意な関連がないことを発見しました。
本研究成果は、共通の遺伝的背景を要する高安病と潰瘍性大腸炎における病態形成機構の共通点および相違点の解明に基づいた両疾患の診断、治療、予後予測などへの応用に貢献すると期待できます。
今回、共同研究グループは、高安病患者227人において、抗インテグリンαvβ6抗体の有無と潰瘍性大腸炎合併の有無およびHLA遺伝子[2]との関連を検討しました。抗インテグリンαvβ6抗体が、潰瘍性大腸炎合併のない高安病患者においてもわずかに認められるものの、両疾患の共通リスク関連HLA遺伝子HLA-B*52[2]の影響は有意に認められず、致死的な合併症である大動脈弁閉鎖不全症と関連しないことを見いだしました。
本研究は、科学雑誌『Frontiers in Immunology』オンライン版(5月9日付:日本時間5月9日)に掲載されました。

高安病と潰瘍性大腸炎、抗インテグリンαvβ6抗体との関連

背景

高安病(TAK)は、大動脈に炎症を起こす自己免疫性血管炎の一つであり、20~30歳代の若い女性が多く発症します。一方、潰瘍性大腸炎(UC)も発症年齢は高安病と同様ですが、高安病のような明確な男女差は認められません。
高安病患者では潰瘍性大腸炎の合併が非高安病患者あるいは健常者よりも高いことが知られており、潰瘍性大腸炎合併高安病患者においては非合併患者よりも高安病の発症年齢が若く、HLA-B*52保因者が有意に多いことが知られていました注)。HLA-B*52は潰瘍性大腸炎のリスク遺伝子でもあることから、両疾患には共通の遺伝背景に基づいた病態形成機構が存在すると考えられていました。一方、高安病、潰瘍性大腸炎ともに血管内皮細胞に対する自己抗体を中心にさまざまな自己抗体がこれまで報告されてきました。中でも、潰瘍性大腸炎に特異的な抗体である抗インテグリンαvβ6抗体が同定され、感度[3]と特異度[3]の高さから臨床における有用性が本研究の共同研究者らによって最近報告されました。ただ、高安病患者における抗インテグリンαvβ6抗体の検討はこれまで報告がありませんでした。ただ、高安病と潰瘍性大腸炎の間に共通の遺伝背景が存在することからも、抗インテグリンαvβ6抗体と高安病の関連を検討することは両疾患の病態解明において有用であると考えました。

注)Terao, C., et al. Takayasu arteritis and ulcerative colitis: high rate of co-occurrence and genetic overlap, Arthritis Rheumatol, 2015. DOI: 10.1002/art.39157

研究手法と成果

共同研究グループは、京都大学病院、長崎大学病院、東北大学病院に通院する高安病患者から提供された血液サンプルのうち、DNAの遺伝子型タイピング[4]と抗インテグリンαvβ6抗体価の測定歴のある227人を対象として、血漿(けっしょう)中の抗インテグリンαvβ6抗体と潰瘍性大腸炎合併の有無、リスクHLA遺伝子であるHLA-B*52の有無との関連を調べました。
抗インテグリンαvβ6抗体陽性率について、高安病患者全体では7.05%(16/227)、潰瘍性大腸炎合併のない高安病患者でわずか3.18%(4/152)であったのに対して、潰瘍性大腸炎合併のある高安病患者での陽性率は87.5%(7/8)と有意に高く(オッズ比121、p値2.99×10-10)、抗インテグリンαvβ6抗体の潰瘍性大腸炎特異性が改めて確認されました(図1)。一方で、わずかながらも潰瘍性大腸炎合併のない高安病患者においても抗インテグリンαvβ6抗体が陽性であったことは注目に値することでした。両疾患のリスク遺伝子であるHLA-B*52の有無については、統計学的に有意な差には至らなかったものの、抗体陽性群においてHLA-B*52陽性率が高い傾向にありました(オッズ比2.84、p値0.068)(表1)。

図1 臨床プロフィル別の抗インテグリンαvβ6抗体陽性率

グラフは、左からcontrol(対照群)、TAK(高安病患者全体)、TAK_UC(潰瘍性大腸炎合併高安病患者)、TAK_nonUC(潰瘍性大腸炎合併のない高安病患者)、TAK_B52+(HLA-B*52陽性高安病患者)、TAK_B52-(HLA-B*52陰性高安病患者)の抗インテグリンαvβ6抗体陽性率を示す。

表1 本研究の患者背景

CRPはC-reactive protein(体内で炎症が起きると合成されるタンパク質の指標)。ITAS2010は重症度スコアであるIndian Takayasu arteritis Activity Score 2010。重症度指数は厚労省研究班による重症度分類(Ⅰ-Ⅴ度)、平均値は±標準偏差で記載。( )内の数字は、実際の人数比。

次に、抗インテグリンαvβ6抗体と潰瘍性大腸炎およびHLA-B*52の関連についてロジスティック回帰分析モデル[5]を用いて検討しました。抗インテグリンαvβ6抗体と潰瘍性大腸炎はHLA-B*52の有無に関係なく強い関連を示すことが確認されました(オッズ比 212.8、p値 3.94×10-6)。一方、HLA-B*52と抗インテグリンαvβ6抗体との間に有意な関連は認められず、表1で認められた傾向は潰瘍性大腸炎合併の影響であったと考えられました。また、潰瘍性大腸炎合併のない高安病患者において抗インテグリンαvβ6抗体が認められたことを踏まえて、これらの患者における抗インテグリンαvβ6抗体とHLA-B*52との関連をロジスティック回帰分析にて検討した結果、統計学的に有意な関連を認めませんでした。また、高安病の重症合併症である大動脈弁閉鎖不全症についても抗インテグリンαvβ6抗体との関連は認められませんでした。
これらの結果から、高安病患者における抗インテグリンαvβ6抗体の産生はHLA-B*52が関連する機序とは異なることが示唆されました。

今後の期待

潰瘍性大腸炎合併のない高安病患者において抗インテグリンαvβ6抗体の有意な関連が認められなかったことは、共通の遺伝的背景を有する高安病患者においても、本抗体が潰瘍性大腸炎に対して特異性が高いことを意味しており、両疾患における病態形成機構の違いを説明する要素の一つであると考えられます。また、実際の患者における抗インテグリンαvβ6抗体の作用の解明など、今後さらなる研究の進展により、両疾患の病態解明につながり得る興味深い知見であると考えられます。
さらに実臨床においても、本抗体が高安病患者で合併の多い潰瘍性大腸炎発症のスクリーニングに有用であることが示唆され、高安病患者のマネジメントに貢献すると期待されます。

論文情報

<タイトル>
Anti-integrin αvβ6 antibody in Takayasu arteritis patients with or without ulcerative colitis
<著者名>
Yuki Ishikawa, Hiroyuki Yoshida, Hajime Yoshifuji, Koichiro Ohmura, Tomoki Origuchi, Tomonori Ishii, Tsuneyo Mimori, Akio Morinobu, Masahiro Shiokawa, Chikashi Terao
<雑誌>
Frontiers in Immunology
<DOI>
10.3389/fimmu.2024.1387516

補足説明

[1] 潰瘍性大腸炎(UC)、自己抗体、抗インテグリンαvβ6抗体、高安病(TAK)
免疫機構は細菌やウイルスなどの外来の異物(抗原)を排除する自己防衛機構であるが、遺伝要因や環境要因などにより自己を非自己と認識して障害を起こすことがあり(自己免疫)、自己免疫機序による疾患を包括して自己免疫疾患と呼ぶ。高安病(TAK)は大動脈とその分枝に対する自己免疫、潰瘍性大腸炎(UC)は大腸粘膜に対する自己免疫によって引き起こされる。自己免疫疾患においては、患者血中に自己抗体と呼ばれるタンパク質が存在することがあり、疾患に特異的な自己抗体は診断上有用であり、疾患活動性と並行して値が上下する自己抗体は、疾患活動性の評価や治療経過のモニターに有用である。抗インテグリンαvβ6抗体は潰瘍性大腸炎に特異性が高く、この抗体の存在によりインテグリンαvβ6とフィブロネクチン結合が阻害されることで大腸上皮傷害に至ると考えられている。本抗体は疾患活動性とも相関して値が変動する自己抗体である。TAKはTakayasu arteritis、UCはulcerative colitisの略。

[2] HLA遺伝子、HLA-B*52
HLA(ヒト白血球抗原:human leukocyte antigenあるいはmajor histocompatibility complex)は白血球および各種細胞表面に発現する分子で、その表面にタンパク質を載せた複合体が免疫細胞の一種であるT細胞の受容体によって認識されることで、自己と非自己の区別と引き続きの免疫応答が決定される。HLAは多様性に富んでおり、外来抗原に対する多様な免疫応答において重要である一方で、その多様性が種々の自己免疫疾患と関連することが分かっている。高安病と潰瘍性大腸炎に関連するHLA遺伝子としてHLA-B*52が知られている。

[3] 感度、特異度
ある検査を行ったときに、疾患のある人の中で検査が陽性になる割合を感度、疾患のない人の中で検査が陰性になる割合を特異度と呼び、検査精度の指標となる。感度と特異度はトレードオフ関係にあり、その関係を視覚化した曲線はreceiver operating characteristic(ROC)曲線と呼ばれる

[4] 遺伝子型タイピング
遺伝子型は個人ごとに異なるDNA上の塩基配列の違いである。さまざまな短いDNA配列を高密度に整列固定したチップ上で、サンプルDNAとの相補的な結合を介してサンプルDNAの遺伝子型を決定する技術を遺伝子型タイピングという。現在では各種のマイクロアレイチップがあり、サンプルの人種や目的に応じたチップの種類が選択される。

[5] ロジスティック回帰分析モデル
一つ(単変量)あるいは複数(多変量)の説明(独立)変数を用いて、特定の目的(従属)変数を予測する解析方法の一つであり、医学統計でたびたび使用される。目的(従属)変数は、「抗インテグリンαvβ6抗体陽性?抗インテグリンαvβ6抗体陰性」などの名義変数である。

お問い合わせ

薬学部 寺尾 知可史
E-mail:cterao@u-shizuoka-ken.ac.jp

(2024年5月9日)

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